こんにちは!
夫婦仲改善コーチのかな(@kana_smile.fufu)です。
『火垂るの墓』は子どもの頃に観たとき、兄妹が可哀想すぎる、そして最後まで報われない・・・
正直しんどすぎて「もう2度と観たくない」と思ったことを覚えています。
ただ、、最近になって高畑監督のこの作品の意図を知る機会があり、見え方がまた変わったんです。
「この作品は反戦映画でもなければ、お涙頂戴のかわいそうな犠牲者の物語でもない。」と繰り返し言われています。
では『火垂るの墓』の本当に伝えたかった意図とはなんなんでしょうか?
そこには現代にも共通する問題が描かれていたのです!!
では、いきましょう!
冒頭の最初で「本当の怖さ」を伝えている
冒頭初めのこのシーンが、1番残酷なメッセージを物語っています。
見知らぬ人がただスーッとおにぎりを差し出すだけなのですが、なぜこのシーンが残酷なのかわかる人はいますか?
高畑監督や原作者の野坂さんは「清太が人とのつながりや親戚を遠ざけ、「個」を大事にしすぎた結果、兄妹ともに孤立して死んでしまった」ということを言われています。
自分の見方や行動を変えていれば、案外助けてくれる人はたくさんいてたのに…。という残酷なシーンなのです。
そんな当時の清太の姿を、現代の清太(つまり原作者の野坂昭如さん)が俯瞰して見ているカットになっています。
「戦争のせい」「時代のせい」と責めることができず、自分の犯した罪の苦しさから、今でもずっとその時代で止まったまま、動けずに苦しみ続けている。
つまり野坂さんの妹への罪滅ぼしと鎮魂を込めた作品なのです。
戦争や周りが清太を孤立させたのではない
実はこの物語には何度も清太に救いの手を出してくれる人が登場しています。
- 学校で親切にしてくれた近所の女性
- 遠い親戚にも関わらず清太と節子を受け入れてくれたおばさん
- 家出した清太に、謝ってもう一度おばさんの家で暮らしなさいと諭してくれたおじさん
- 畑泥棒で清太の罪をとがめずに、やさしく解放してくれた警察官
それなのに清太はそういった人の恩に気づかない、もしくは自ら振りほどいていきたのです。
親戚のおばさんは意地悪ではなかった?
このおばさんについて「意地悪」な印象を受けた人は多いと思います。
でも大人になった目線で見つめ直してみると、見え方が180度変わると思います。
「よその子」だから冷たい態度だったわけではない
親戚のおばさんは、清太と節子以外にも1人居候を預かっていました。
この居候はおばさんの実の子と同様、普通にご飯を食べさせてもらっています。
なので、おばさんは「居候だから」という理由で清太と節子に「冷たい態度」をしていたのではないのです。
おばさんも清太と同じ雑炊を食べていた
(清太と節子はよその子だから「雑炊」、自分の子には「白米」。嫌味なおばさんだなー。。)
そう思った人も多いと思いますが、実はこのシーンではおばさんも同じく雑炊を食べています。
嫌がらせ目的で清太と節子に雑炊を出していたのではないのです。
食料を手に入れるのが困難な時代背景
当時空襲後の被災地での食料は「配給」のみ。と言っても過言ではなかったと思います。
配給の長い列に並ぶのもおばさんだし、やっとの思いで配給にたどり着けても、とても家族全員を十分に食べさせてあげられる量ではありません。
おばさんは子どもたちを優先に考え、洗い場で鍋にこびりついたご飯を食べてしのいるシーンは母の優しさを感じます。
清太のイラっとする行動
- 清太は働きにも出ないし、家の手伝いもしない
- 家ではゴロゴロしてるか、節子と遊んでいるだけ
- 散々お世話になっているのに「お礼の言葉」ひとつもない
- 清太は亡き母の財産(結構な大金)を、分け合うことなく自分たちだけに使う
ある日おばさんはとうとうご立腹になり、ご飯を別々にする提案をします。
清太は亡き母の貯金をおろし、当時では大変高価な七輪を用いて自炊し、おばさんも「まるであてつけや」と不満を漏らしています。
そしてここが重要なポイント!!
清太の自炊の後片付けをしてくれているのは「おばさん」だということです。
清太はおばさんに頼りっぱなしの身の上で、態度だけは一丁前。(これイラッとするわー)
清太さんな
あんたもう大きいねんから、助け合いということ考えてくれなあんたらはお米ちっとも出さんと
それでご飯食べたいいうても、そらいけませんよ通りません
『火垂るの墓』親戚のおばさんのセリフ
おばさんの言い方は確かに嫌味に聞こえる時もありますが、しっかり清太と向き合い真っ当なことを伝えてくれています。
完全に「つながり」を絶ってしまった清太
清太は家出したあと、リヤカーを貸してくれた農家のおじさんにこうアドバイスされます。
やっぱりあの家におかしてもろた方がええ。
第一、今は何でもかんでも配給やし、隣組に入っとらんと暮らしてはいけん。よう謝って、あすこへおいてもらい
『火垂るの墓』農家のおじさんのセリフ
『人を信じて「お願い」と言えば、人は助けてくれるよ。人は助け合わないと生きていけんよ。』そうおじさんは伝えてあげたかったのだと思います。
この頃の清太は「どうせわかってくれない」「絶対頼ってやるものか」という前提でしか家族や社会を見れなかったのかもしれません。
なのでおじさんのアドバイスも「口うるさい大人」「余計なお世話だ」「ぼくのこと何もわかってないくせに」とすべてが「悪」に見えていたのだと思います。
最後まとめ
最後に亡霊になった清太と節子のシーンがあります。
清太は「戦争の終わった現代」を見つめます。
そのあと、清太はジーッと観客の私たちを見つめます。
清太はもしかしたら、こう私たちに問いかけているのかもしれません。
ボクは「個」に憧れ「個」に苦しんだ。ところで、現代のあなたはどうですか?
この作品が語る本当の怖さとは、
「個」にこだわりすぎると視野が狭くなり、すぐそこにある本当に大切なことが見えなくなってしまうよ。
そのように私たちに教訓として教えてくれているのではないかと思います。
高畑勲監督、野坂昭如さんの人生をかけて、このような素敵な作品を世に残していただいたことに感謝いたします。
この記事が少しでもあなたの夫婦仲改善のヒントになれば嬉しいです。
今日も素敵な1日になりますように♡